幸せを見つけることで本当に幸せになれるのか

幸せとは
「なる」ものではなく「見つける」ものだ

という趣旨の記事を読みました。

どんな出来事も、
考え方次第で幸せになれるんだよ

どんな状況でも「幸せだ」と言える人が幸せなんだよ

という内容です。

そしてそれへの批判も目にしました。

「幸せを見つける」
ということは、
実は私自身も実践していることであります。

小さな小さな幸せでも、見つけることで
たしかに心は穏やかになります。

今日も近所の保育園の子供たちが元気だとか
風に揺れる木がきれいだとか。

ただ、その記事への批判を見て、
たしかにそこに書いてあることだけでは
納得できない人もそりゃいるわ
とも思いました。

果たして見つけることで
本当に幸せになれるのか。

それについて詳しくお話したいと思います。

 

目次

スポンサーリンク

「幸せを見つけること」は満足するためのエネルギー補給

結論から言うと、
幸せを見つけたからって、
満足できるとは思いません。

その記事を読んで、
私はこんなツイートを残しています。

極論を言うと幸せを見つけることって、

「生きてる!幸せだ!」

ということです。

…そうなんだけど、
納得はいかんよね。

最近、
「足るを知る」
という言葉を知りました。

満足を知れば幸福やで、
今見つけられる幸せで満足せえよ

という意味です。

でも、

やりたいこと
欲しいもの
なりたいもの

たくさんありますよね。

たしかに
「それらは欲だ」
と言われればその通りなのですが、
立派な目標でもあると思うのです。

その目標をあきらめてまで

「十分だ、満足だ、だから幸せだ」

って思いこむのって、
いかがなものでしょう。

目標のために頑張ったっていいじゃない。

「幸せは見つけるもの」
「足るを知る」

を絶対的に信用している人達は

「目標を達成したところで、
また次の欲が生まれるんだから
満足できない。
だから幸せにはなれない」

と述べると思います。

私は
その次から次へと生まれるそれらを達成するのためのエネルギーとして、
幸せを見つけることが必要だと思うのです。

少なくとも私はそうやって生きています。

「アッ、すれ違ったお姉さんいい匂いだ…
モチベめっちゃ上がった…」

「めったに見ない野良猫を拝見できたぞ。
元気をありがとうがんばるよ。」

となれるのです。

 

満足=幸福だろう、でも不満足=不幸か?

もちろん、
現状の幸せで満足できるのなら、
それはそれで幸せだと思います。

私は満足できません。

まだまだ最終目標ははるか先です。

でも今の私を不幸だとも思いません。

だってすれ違ったお姉さんはいい匂いだし、
野良猫はかわいいから。

幸せです。

でもやっぱりそれでは満足ではないのです。

不満足=不幸

は成り立たないと思っています。

満足することと
幸せであることは

切り離して考えてみてもいいのではないでしょうか。

 

スポンサーリンク

満足すると、今以上の幸せを手放すことになるぞ

たしかに
満足=幸福
ではあるでしょうが、

今で満足すると、
今以上の幸せを手にすることが不可能になります。

だから見つけられる範囲の幸せで満足しようとすることに
みなさんが悲しささえ感じている気がするのです。

今以上の幸せをあきらめなくてはいけないから。

んなこたあない。

今見つけられる幸せを満足とするよりも、
今見つけらる幸せを
それはそれとして納得することです。

そして将来もっと幸せになるために、
“満足”という要素をプラスできるよう、

今の幸せを糧に
がんばるのです。

 

まとめ

幸せを見つけることは、
目標達成のためのエネルギー。

不満足=不幸
ではない。

今の幸せは、
幸せとして”納得”せよ。

そしてより幸せになるために、
「満足」という要素をプラスできるよう、
今の幸せをエネルギーとしてがんばろう。



恋愛に頭を抱えるメンヘラ共~!!
フジサキがあなたのお悩みを聞いて的確にアドバイスするよ~!

・束縛をやめたい
・彼氏、彼女の気持ちがわからない
・記事の内容をもっと詳しく知りたい

ただただ話を聞いてほしいという方もお気軽にどうぞ!
あなたの気持ちにしっかりと寄り添います。

☆カウンセリングお申込みはこちらから☆


LINE公式アカウントでは、いち早くブログの更新情報をお届けしています♡
LINEで通知を受け取りたい方こちらから↓↓

友だち追加

スポンサーリンク